BLUERAYです
ツインレイというのは
人それぞれです
誰しも個性というものがあるし
ツインレイのストーリーは
その2人にしかわからない
当人同士だけのもの
他の人には
よく理解できない・・・
2人の真のコーディングは
周りの人には
見えないように設計されていると
思いますね
とはいえ
じゃあ、ツインレイというのは
なんの雛形もなく
何でもかんでも
自由に好き勝手に動いていくものなの?
と聞かれたら
それはNOだと言えます
なぜなら
ツインレイのガイダンスは
キリスト意識であるサナンダという
存在から伝えられたもの
サナンダは
ツインレイメッセージの最後を
“In the Christ Light and Love”
(キリストの光と愛の中で)
こう結んでいます
キリスト意識である以上
やはりツインレイは
聖書を元にとらえていく必要がある、
ということです
聖書において語られる
いちばん最初に創られた人間
アダムとエバ
この2人が
ツインレイの原型と言えます
エデンの園で暮らしていた
アダムとエバ
あの頃から
遠い遠い
遙かなる時をへて
今のわたしたちがある
アダムとエバの面影
エバはアダムの体の一部から
創られました
男性から女性が生まれた
つまりアダムは
エバにとって
親のような存在でもあるわけです
そしてまた
アダムとエバは
夫婦でもあります
2人でひとつ
2人合わせて
ひとつの存在としての表れが
あるんですね
神さまは
その主権を男性のほうに
与えてるんです
アダム契約というのがありますが
それはエバではなく
アダムを筆頭主として結ばれたものでした
つまり代表はアダムであり
リーダーであるアダムの働きが
すべての人に適用される・・・というわけですね
それだけの力を
男性側に与えられている、ということです
ツインレイにおいて
これは縮図として反映されていて
ツインレイ男性のほうに
ツインレイ統合の要が集約されているのです
つまり
男性性としての
能動性、主体性
先に働きかけるということ・・・
女性側が
統合の算段をたてて
男性に働きかけるというのは
このツインレイの構造上
むずかしいんじゃないかな?と思います
女性の覚醒は
すべて男性側からの
働きかけによって
起きてくるものです
女性側はこれに
応答する、ということ
真摯にキャッチする
スルーせずに
受け取る・・・
これが大事なんですね
コミュニケーションは
キャッチボールだ、なんて言われますが
まさに
これはキャッチボールであります
男性側が投げた球を
キャッチして投げ返す
そういうことが
サイレント期間のなか
会えない状況でも
繰り返され
2人の関係が進化していくのです
つまり
男性側の
ツインレイスイッチON!
起動が果たされない限り
何も始まっていかないのが
ツインレイだということです
再会、統合における
主権者、リーダーは
ツインレイ女性ではなく
ツインレイ男性です
これは
ともすると
現代の地球上の
男女関係にとっては
ナンセンスに感じられるかも
しれないですね
むかしむかし、じゃあるまいし
今の時代はもう
女性がガンガン引っ張って
男性をリードしていく
恋愛においても
女性から告白して
デートに誘って
男性が女性のパワーに
付き従っていく・・・
そういう形だって
珍しくないし
女性からすると

てか、こっちから動かないと
何も始まらないんだもん



そうそう。
どっちがリードしたっていいじゃん!
男とか女とか関係ないよ、そんなの
こういう感覚を持つのが
当たり前
常識
そうなってると思います
わたし自身も
別にそれは・・・
どっちでもいいんじゃないの?
内気な男性もいれば
積極的でパワフルな女性だって
いるんだし・・・
ずっとそう思ってたとゆーか
それについて
あんまし深く考えてなかった、というのが
正直なところです
でも
ツインレイは
ここの雛形は
しっかりしていると思われます
地球上の人間が作り上げた概念による
男女関係は適応されないという事です
ツインレイ結合の先陣は
男性が切るということ
相手の女性を
どのように導き
どんな方法で
ふたたび愛のもとに
帰らせるのか?
リーダーとして
責任を担うのは
男性である、、、という
神さまが
設定したとおりに
男女の究極の構造は
今も続いているんですね
ツインレイとは
物理学のようなシンプルさであり
また
古典的なテーマなのです
親は子の成長をうながし
庇護しますが
それと同じエネルギーの流れが
ツインレイにはある、ということ
アダムの体からつくられたエバにとって
アダムは親のような存在であり
また夫婦である
神さまによって
定められた男女の構造で
2人いっしょにどんな世界を描けるか?
クリエイティブとは
拘束のなかに生まれるんですね
まっさらなキャンパスに
なんでも自由に描いていいよ!
と言われた時より
きまり事がある中でのほうが
よりいっそう輝きを増す
ルールをかいくぐるって生まれる
抑圧から生まれた美しさ
破ってはいけない秩序のなかで
逆に湧き出る自由な発想
縛りや秩序がなければ
自由もまた存在しないのです
自由意志だけ主張して
片側の秩序を消し去ろうとすれば
自由もまた
同時に滅びていく・・・
そこには
ただの虚無しか存在しない…
ということなんですね
男性は自分を取り戻すとき


最初に創られた
アダムとエバのバランスから離れ
地球では
男女の関係が
多様化してきました
そもそもの
神さまの計画は
今でいうところの
「男女差別」や「男尊女卑」
ではなかったと思います
これらは
人間が勝手に作った概念で
神さまが意図する
アダムとエバの形ではなかった…ということ
なんでもそうですよね
創造物って(^ ^)
映画でも小説でも音楽でも・・・
創り手を離れた作品は
解釈が解釈を呼び
そもそもの作品の意図から
ぜんぜん離れた理解をされたり
創造者が込めた想いとは
ぜんぜん別の解説が
与えられたりするもの
そうゆうもんですよね
作品っていうのは・・・(^ ^)
アダムとエバの創作において
愛にもとづく「責任」の話を
神さまは
アダムとエバに与えたかったんだと思います
ところが
エデンの園を追われ
秩序から離れ
人間の自由意志だけが
どんどん膨張した結果
男女のひっくり返しが
とんでもないところまで
きてしまった・・・
そのひっくり返しの中には
人々を解放した部分もたしかにあった
しかし一方で
男性は女性に対する愛に
自信をなくしてしまった・・・
そういう面も
生んでいるんですね
多様性の闇の部分です
そこに対する軌道修正をかけるために
ツインレイプログラムは
発動されたのだと思います



愛とか責任とか・・・
重い話はいいよ!
ごちゃごちゃめんどくせー
楽していこう
女性にリードしてもらった方が
楽なこともいっぱいあるし
パワフルな相手に
乗っかっていくほうが
責任も少なくなっていい・・・
そうして
本来の男女のカタチが
逆転していく
こうしていくことで
わたしたちが得た自由とか
解放されたところも
ずいぶん大きいのだと思います
ただ・・・
そうしたなか
男女の愛については
なんとなく
虚無感とか
本当の意味では
心がつながらない感じとか
自分のやりたいように
やってるのに
なんか
生き足りない・・・
なんか
ズレてる・・・
そう感じる人も
多いはずです
もともと
男性は
女性を愛することで
幸せを感じる
愛における
主体的な責任をまっとうすることで
「生きてる」ことを
感じるようになっている、ということ
神さまのつくった秩序を無視して
好き勝手にやって
満足してみても
インスタントな満足は
いつか空っぽになっていくばかりで・・・
女性は
本来の男性の愛に触れて
倫理と道徳のなか
ほんとうの意味で自由に生きれることになる、ということです
自由な気持ちとは
何でもかんでも
好き勝手にやることで
得られるものではない・・・
そのことを
男女ともに知ることになるのが
ツインレイの旅なんだと思います
男性はいま
自信を取り戻すときがきています
長らくの間
ウイルスに侵されるように
じわじわ滅せられてきた
本物の自信を取り戻すときが
きているのです
ツインレイ男性は
だんだんキリストに似てくる・・・と
言われています
覚醒するにつれて
キリストに習うような生き方になってくる、と
本人が
そんなことを知らずとも
そのように
変えられていく
キリストは聖書の中で
真の父性を兼ね備えていた人物として
描かれていますね
真の父性とは
力で相手を押さえつけるような
支配欲のものとは
ほど遠い・・・
穏やかで
献身的なものだ、ということです
これは
自分の働きによって出た
結果である
愛において
その責任を持つ
それこそが
男性性にとっての
「生きる」ということにつながっていく
ツインレイ女性は
男女の愛において
ツインレイ男性だけが
頼りなのです
「応えたい」と
魂の奥底で願っているのです
ツインレイ女性は(^_^)
どうか
ツインレイ男性は
どこかで泣いている
自分の女性を感じたら
自分は何者か・・・
ということを思い出し
男性として生まれた意味を
感じてみてください
お相手の女性に
「ああ、愛されるって
本来こういうことなのね」
そう感じられる一瞬を与えられたなら
相手の女性の心に
そんな愛の爪痕を残すことができたなら
それは
ツインレイ男性としての
勝利宣言なのです
たとえ今回、
最終的な統合に至らなかったとしても
相手の女性に
「私だけを真摯に想い
愛してくれる男性は本当にいるのかもしれない・・・」
そんな予感を
一筋の光をもたらすことができたなら
ツインレイ男性としての使命を
遂行した、と言えるのではないでしょうか
その記憶を
与えることそのものに
大きな意味がある、ということなんですね
なぜなら
ツインレイの旅は
今回限りではないからです
まだまだ
続いていくから
一つでも多く
その愛の記憶を
女性に与え
女性に「応答」の機会を
もたらすこと・・・
それがツインレイの使命をもって
地球にやってきた男性にとって
最上級の祝福になる、ということなんですね
なんか
今回の記事は
ツインレイ男性への
エールになってしまいました(^_^)
ここまでにしたいと思います
また、お会いしましょう!