BLUERAYです

あの人、私よりあの子が好きみたい…



どうせ、ダメよね
私なんかじゃ
ほかの誰かと比べて
自分はイマイチなんだ・・・
きっと、愛されてないんだ
そう思ってしまうことって
ありますよね
いちばんはじめに
こうゆうことを
感じやすいのは
やっぱり
子どもの頃じゃないでしょうか
生まれてはじめて出会うライバルは
兄弟姉妹
「お母さんは
わたしより、弟のほうを可愛がってる!」
「お父さんって
僕より妹のほうが好きみたいだ…」
誕生日プレゼントが
自分より
お姉ちゃんの方が豪華だった、とか
わたしにだけは
あまり話しかけてくれない、とか
みじめな思いとともに
心にじわじわ広がる
暗い雲
それはやがて
妬み
嫉み
やっかみ
それら“嫉妬”の感情を
巻き起こします
この“嫉妬”という闇を
どう扱っていくか
これが
ツインレイの旅において
大きなテーマのひとつとなっているんです
ツインレイとの統合がやってくる前に
その最後の門として
用意されているのが
この“嫉妬心”という砦であるよ…ということ
ツインレイの視点からみると
この嫉妬心というのは
思い違いから
生まれてきてることが
多いんですね
勘違い・・・
すれ違い・・・
思い込み・・・
ただ
そう見えていただけ、みたいな
自分の中の不安とか
疑いの気持ちが
目に映る全てのものを
ネガティブに捉えさせてしまうことって
いっぱいあるんですね
ちょっとした
ボタンの掛け違いと言いますか…
親は
自分の子供たちを
まんべんなく愛していても
子供のほうは
そう受け取ってくれない、とか
相手は自分を
とても良く評価してくれてたのに
自分なんて…という
気持ちから
素直にそう思えなかったり
自分の基準で
「これが愛でしょ!」ってことを
相手が与えてくれないことで
恨みの気持ちを持ってしまう
もちろん
リアルなこととして
相手にとって
自分の存在がちっぽけで
粗末に扱われたり
本当に大事にしてくれなかった、ということは
起こりえます
だけど
だからといって
自分自身が
他と比べてダメなわけじゃない、ということ
たとえば
お父さん、お母さんが
自分を愛してくれなかったとしても
それは
お父さん、お母さん自身の問題で
ありますよね
子どもを愛せるか愛せないかは
その親自身が抱える
精神性のあり方であって
仮にその子どもが
親から愛されなかったとしても
その子に価値がない、ということには
ならないです
それとこれとは
まったく別問題(^^)
相手に愛する能力がない場合
自分が
どんなにいい人間に変わろうが
相手に優しくしようが
愛が返ってこない
それは
自分のせいじゃないんですね
こんな場合は
気にする必要ないってこと(^^)
「私がイケてないから…」みたいな
卑屈な気持ちは
ただの勘違いなんですね
なんでもかんでも
自分のせいにせず
この地球には
あなたそのものを
愛してくれる存在がいるってことを
思い出していく必要が
あると思います・・・
そして
人と比べて
嫉妬しちゃう気持ちとか
疑う気持ちは
自分の中の
「猜疑心」という色眼鏡が
そういう景色を
自分に見せてることもある・・・
そう考えてみることが大事で
これは
ツインレイのお相手に対しても
同じことです
もし仮に
リアルな真実として
愛する人に選ばれなかったり
比較されたうえで
バッテンをつけられたり
信じてたのに
裏切られる経験がたくさんあったとします
そのせいで
出会う人みんなに対して
疑いの目を向けるようになったとしたら
大事な何かを
見落とすことも
出てくるはずなんです
実際は
愛を向けてくれてた
ぜんぜん否定せずに
そばにいてくれてた誰か
そうゆうものを
見落としてしまってる可能性
100人中、99人が裏切ったとしても
たったひとり、裏切らなかった人が
いたかもしれない
そして
これからの未来で
そのたった一人を知るかもしれない
でも
それすらも
「猜疑心」メガネをかけたまま
世界を見ている限り
その裏切らないでいてくれた
たった一人の光すら
気づかずに
通り過ぎて生きることもあるんです
取りこぼしていた光
愛があったと思っていたのに
愛がなかった
愛がなかったと思ってたのに
愛があった
コインの裏表みたいに
ひっくり返りが起こる
物事には裏面があって
自分が見えてない
人の気持ちって
いっぱいあるんだな・・・
そういうことを
一つ一つ
拾い上げていくことで
自分のなかの
何かが変わってくるんです
やらなかった後悔って
大きいもので
信じない
信じることをやらない
そのために
「いいもの」を見過ごしてしまったという後悔
ああ、ごめん・・・
疑ったばかりに・・・
「どうせ」とか言ってないで
ちゃんと
信じればよかった
そういう後悔は
けっこう
ダメージが大きいんですね
それだったら
たとえ傷つくことになっても
今度こそ
取りこぼさないぞ!という気持ちで
信じてみる…
たとえ
「やっぱ、何にもなかった」という
残念な結果になる可能性があるとしても
その可能性を引き受けた上で
もう一度、全力で信じてみる
そうしてみよう、と
思えるようになるはずです
まずは
自分がかけている
「猜疑心」メガネの存在に気づくこと
大事にされなかった、という経験があるなら
それと同じように
自分が疑ってただけで
ホントウは愛されてた・・・
そういう経験も
じつはたくさん
転がってるかもしれない
気がつかなかっただけで(^^)
そこに
光を当てて
すくい上げていけるかどうか
こういうことが
ツインレイの旅にとって
そして
ツインレイのお相手にたいして
向けるまなざしとして
とっても大事なことなんですね
それでは
今日はここまで
嫉妬心についてのお話は
引き続き、次の記事でも書いていきますね
また、お会いしましょう!