対岸の火事とは
よく言ったものだわ
彼女は
そう思った
男は向こう岸に立って
女を見つめてる
そんなふうに
どうしても他人事
だって
男は男だし
女は女だから
人としての
尊厳だの
権利だの
そりゃあ
命としては
平等かもしれない
けど
男と女は
同じではないの
男の子が
ピンク色のワンピースを着たって
女の子が
マシンガン振り回したって
DNAに記載されてるわ
性別の刻印
「遺伝子操作の進歩で
性別すら
自由に選べる日が来るかもよ!」
うふふ・・・
そうかもね
人間は神の領域を
どこまで犯していくかしら?
「でも、あたしはー」
あたしはね、と
彼女は言った
「今のところ
定めとして
あたしは女に生まれたの」
ーこれは彼女の語りー
あれは・・・
あれはね
夏祭りの日
あたしが育った地方都市は
山がなく
海があった
浜辺には
マリンビュータワーっていう名の
展望台
マイナーでローカルな海に
すっくとたつその展望台は
サイコロを縦に積み重ねたような
地上120メートルくらいのタワーで
お天気のいい日は
太陽の光を反射して
銀色にギラギラひかるのだった
1階には
天井が高くてガランと広い
お土産屋さん
最上階の展望フロアの下には
海を一望できる
ガラス張りのカフェがあった
小学生の頃
毎年7月に
そのマリンビュータワー周辺で
花火大会が催された
海岸へ向かう道や広場に
赤やピンクの
お祭りちょうちん
夏祭りさながら
屋台がならぶ
りんご飴、たこやき、お面屋さん…
ふだんは真っ暗な
マリンビュータワーに続く夜道が
金平糖みたいに彩られ
浴衣姿のおねえさん
もつれあって笑う中学生の集団
「ママー!わたあめ買ってぇ」と
叫ぶ男の子
たくさんの人
がいがい
わやわや
非日常の
お祭りの賑わい
なにかが許されたような
夜の空気感
花火って
大人になった今では
横目に眺める程度のモンだけど
子供の頃は
とってもワクワクした!
子供だから
身体が小さい
その分
花火が巨大に迫ってきて
バーンって
爆音とともに
空一面
見上げた顔
いっぱいに
赤・青・金
まるい
火のスパークが
咲いては散る
咲いては散る
まばたきも忘れて
交互に訪れる
光と闇を凝視する
楽しかったなぁ、花火大会…と
今でも思う
あの時
あのとき確か
あたしは小学校2年生
花火大会の帰り道で
金魚すくいをやった
あたしはなぜか
金魚すくいに目がなくて
金魚すくいの屋台を見かけると
「ママ!金魚すくいやりたい!」と
毎回叫んだものだった
そのときすくった
一匹の金魚
とうめいの
四角いプラスチックケースに
お迎えして
リビングで一緒に
暮らし始めた
ヒマなときは
頬杖ついて
その金魚を
ボ〜ッと見あげた
金魚も
ボ〜ッとあたしを見つめた
いつも
リビングの
そこにいた
金魚すくいの
金魚といえば
すぐに弱って
死んじゃうイメージがあるけど
その金魚は
金魚すくいの金魚にしては
長生きして
あたしが
小学校6年生になるころまで
生きていた
1人じゃさみしかろうと
毎年夏祭りの折に
金魚すくいで新たに金魚を
すくってきて
「ほ〜ら、おともだちだよ〜」と
新たにゲットした金魚を
その水槽に入れてあげるんだけど
なぜかあの金魚は
新しく来た金魚を
追いかけ回して
つんつくつんつく
つつきたおして
死なせてしまうの
そしてまた
一匹で水槽を独り占めして
優雅に泳いでる
そんなことが
何回もあった
何度試してみても
ダメだったのよ
新しい金魚がやってくると
お友達になるどころか
毎度毎度つつき回して
死なせちゃうの
だから
あの金魚は
いつもひとりだった
水槽には
いつもあの金魚一匹だけ
ひとり
のんびり泳いでた
夜になると
金魚はちゃんと眠くなって
水槽の底に沈んで
静かに寝てた
寝てたって言っても
魚だから
目は開いたまま
起きてても
目が開いてる
寝てても
目が開いてる
それでも
なんとなくわかった
今、起きてるのか
寝てるのか
朝になって
あたしが2階の寝室から
降りてくると
金魚は
水槽の片隅に寄ってきて
「ゴハンくれくれ」ダンスを踊るの
カラダをくねらせて
水の中を忙しく
上がったり
下がったり
それで
あたしは
金魚のエサが入ってる小瓶をとって
水槽の水面に
ふりふりしてあげた
その金魚は病気知らずで
毎日エサもよく食べたし
100点満点の
元気っこだった
まぁ
元気っこって言っても
性格はのんびりしてて
ボ〜ッとするのが好きな子
だったと思う
でも
新しくやってきた他の魚のことは
つんつく追い回して
3日とたたず
殺しちゃってたんだから
のどかなタイプだったかどうか
本当のところはよくわからないね
見かけは穏やかだけど
内側には
好戦的な激しさも
持ってたのかもしれない
それとも
部屋のなかでは
常にひとりでいたい
タイプだったのかしら
自分以外の
他の魚がいると
ストレスだったとか?
一匹狼な金魚?
あはは・・・
金魚なのに
オオカミって
なんそれ
まぁ
本当のところ
どうだったんだろう
真相は
あの金魚にしか
わからないことだけど・・・
そんな感じで
あたしは
小学生という
萌芽の季節を
あの金魚とともに成長してきた
当時は
その金魚に対して
特別な強い想いを抱いてたワケじゃ
なかったし
情熱的に
世話をしてたワケじゃなかった
水をかえるのをサボって
水槽が緑色に
なっちゃって
水槽ケースの中が
見えなくなったことも
ちょくちょくあったし
水換えするときは
水槽のなかに敷いてある小石やら
橋のミニチュアやら
水草なんかを
取り出して
付着した苔を
ブラシや手で
丁寧に擦らなきゃいけなかったから
それを
億劫だなって・・・
「水槽ケースのお掃除
めんどくさい」って思ってた
それでも
「そろそろ掃除やってあげなきゃ〜」って
気が乗らない自分を鼓舞しつつ
金魚周りの世話をして
一緒に暮らしてた
そこにいるのが
リビングの
そこにいるのが
当たり前って感じで
その金魚という存在に
特別に飾り立てて
言語化できるのほどの愛情を
意識していなかった
それはまるで
気心知れた
まったく気を使わなくていい
長年付き合ってる親友がそこにいるような
感覚っていうの?
いてもいなくても
気にならない
どこで何してても
忘れてる
心の中には
いつもいるけど
頭の中では
いつも忘れてる
あたしと金魚のあいだには
好きとか嫌いとかを超越した
そーゆう
フラットな気分の親しさが
あったと思う
小学校6年生のころ
金魚が死んだ
庭の土に穴を掘って
「金魚の墓」をつくった
たぶん
木の棒とか石とかを
目印としてのせたと思う
それは
生まれて2回目の
お葬式だった
はじめては
小学校1年生の頃に参列した
曽祖母のお葬式
このたびは
金魚のお葬式
それから
悲しくなって
また夏祭りの金魚すくいで
新しく金魚を一匹
お迎えしたんだけど
ぜんぜん感じが違うの
最初に暮らしてたあの金魚とー
いっしょにいる時の
水槽を前にしたときの心地が
ぜんぜん違うの
あの金魚が死んだ後
俗に言う
ペットロスみたいになって
死んだ金魚に使ってた
四角い水槽ケースをしまって
おしゃれな丸い金魚鉢を
新調して
新たに金魚を飼ってみたものの
ぜんぜん気持ちが重ならなかった
波立った青いふちをもつ
ガラスの金魚鉢で泳いでいるのは
あたしと無関係の金魚だった
金魚なんて
みんな同じかと思うじゃない?
金魚すくいの屋台で見かける
金魚が泳ぐプールは
ただの風景みたいで
金魚は
ただの金魚って感じで
だから
また新しく金魚を飼えば
あの金魚といたときみたいに
心が嬉しくなると思ったのに・・・
それでわかったの
死んでから気づいたの
あたしは
あの金魚のこと
すごくすごく
好きだったんだなぁって
他の金魚じゃ
ダメなんだって
そう気づいてから
あたしはもう
ずっとしっかり
寂しくなった
それから1年後ー
いつも行く
近所のスーパーマーケットの入り口
その片隅には
小さなお花屋さんコーナーがあった
中学生になったある日
スーパーに入って
何気なく
お花屋さんのほうを見やると
青い大きなバケツに
赤い色が咲いていた
それは
2〜3本の赤い花が
透明のセロファンにつつまれたもので
花束と呼ぶには仰仰しく
小分けにして安売りに出された
切り花の束、という風情だった
青いバケツには
「一束、250円」のプラカードが
挿してあった
あたしは
持っていたお小遣いを確かめて
青いバケツに
手をのばした
なぜなら
その赤い花房に
あの金魚を見たからだ
買った切り花の束を片手に
家に帰った
「ただいま」
「おかえり」と祖母が出てきた
祖母はあたしの手元を見て
「あら?お花買うてきたん?」と言った
「うん」とあたしはうなづいた
「どうしたん?急にお花なんか」
「特に意味はないの。ただなんとなく…」
祖母は
なんの衒いもない顔で
「なんや!
なんとなくお花買うてくるなんて
えらいロマンチックやなぁ!」と笑った
あたしは恥ずかしくなって
心のなかを見透かされないように
衒いのある顔で笑った
だって
あの金魚を想うがゆえに
この花を買ったなんて
センチメンタルは
やっぱ
家族にバレたら
照れくさいじゃない?
それと似てるものに
それを見い出して
手元におく
そんな行為は
はじめてで
この時だけ
一回きり
これからまた
それと似てるものに
それを見い出して
手を伸ばすことが
あるのかもしれないけど
その時は
今のところ
まだ来ていない
なんでかっていうと
そこには
「死」が必要だからだろう
死による別れ
時をへて
記憶が薄れても
想い馳せれば
浮かんでくるもの
髪の毛や
心臓や
あばら骨
それらに対して
毎日の生活で
意識を向けることは
あんまりないけど
だけど
起きてる時も
寝てる時も
髪の毛や心臓やあばら骨は
自分の身体の一部として
いつも共に行動してるように
それと同じセンスで
死によって
自分と一体化したもの
生きてそばにいたものが
死ぬ
失ったことで
対象への感情の輪郭が
はっきりと際立って
なんとなく過ごしてた
過去の日々が
美しい映画になっていく
そうしてはじめて
それと似ているものに
それを見い出して
自分を慰めるんでしょう
だいぶ歳とった今でも
あの金魚のことを思い出す
小学生の頃
あたしの家にやってきた
屋台の金魚
たまたま
偶然
ポイですくった
あの金魚
リビングで
ご飯食べる時も
テレビ見る時も
お絵描きしてる時も
ずっといっしょにいた
金魚は水の中
私は空気の中
でも
リビングという
スペースは共にして
それ以来
あの金魚は
あたしの胸の中に
住み着いている
いつもいつも
あの金魚の泳ぐ影が
あたしの心の中にある
金魚なんて
だいたい
みんな同じに見える
はずなのに
犬みたいに
お手したり
玄関で
ご主人様の帰りを
待ってくれるわけじゃないし
金魚にも個性はある!って
言われても
魚って生き物の顔は
いつも無表情だし
吠えたり
喋ったりしないし
なのに
こんなに
あの金魚だけを
特別に思う自分がいる
あたしにとって
オンリーワン
唯一無二の
金魚
なぜかしら
理由は不明
とうめいな
プラスチックの壁を隔てて
お互い見つめてる
とうめいな壁向こうの君は
水の中
あたしは空気の中
ピッタリそばに行こうと思ったら
どちらかが死んじゃう
あたしは水の中じゃ息ができないし
君は陸に出たら窒息しちゃう
だから
人と魚
水族館の観賞魚とお客さんみたいに
仕切り越しに見つめ合うだけ
同じテーブルで、同じものを食べるとか
そーゆう生活を
共にできないの
永遠に
水槽の中を覗き込む時
美術館のガラスケース越しに
モナリザを見る時
家でテレビを見る時
自分が見てるつもりで
見られてるのかもね
見てるつもりで
見られてる
気づいた?
来世では
ぜひ同じ種で生まれたもう
どっちにする?
魚?
それとも人間?
全く違うものはどうだろう
例えば鳥とか木とか
そうゆう選択肢もあるわね
何に生まれるかは
神の所以ならば
ああだこうだ言ったところで・・・
そうだ、でも
たとえば
人であるあたしの寿命が100年
たとえば
金魚の君の寿命が10年
だったら
君が死んだ後
すぐ人間に生まれ変わるなら
あたしの今世に
間に合うんじゃない?
生まれ変わって
会いにきて
同じ人間同士なら
今度こそ
とうめいの隔たりを壊しても
一緒に生きていけるわ
ちなみに
君が生まれ変わる場合の
性別を注文しとくね
えっとね
あのねー
エピローグ
とうめいな天井が割れて
差し伸べられたのは手
それは母
とうめいな壁の側面に
二つのハンドホール
差し込まれる
あたしを世話する婦人の手
お母さん
君にとっても
あたしにとっても
命を生かすために働いてくれる
唯一のものは
手だったね
あたしたちのママは手だね
赤い子
水槽ケースの中
似ている私たち
また会いたいな
【 完 】2026年5月4日 pm2:42公開